『履物をそろえると心もそろう』靴をそろえる日本人

マレーシアに来て約18年、他人の家にお邪魔する時に靴をそろえるマレーシア人をいまだに見たことがありません。

マレーシア人の夫は私と出会ってから靴をそろえるようになりました。

親戚の集まりで玄関に脱ぎ捨てられた靴の数々にいまだにビックリしてしまう自分がいます。

ひっっちゃかめっちゃかなんです!

そしてそれをそろえようかどうしようかと葛藤してしまう自分。。

最初の頃は、こっそりそろえていたんですが、押し付けがましく思われるかもとそろえるのは我慢しています。

靴を脱ぎ捨てる外国人

マレーシア人だけではないですね。

日本人とおそらく韓国人以外は靴をそろえるという習慣がないのではないでしょうか。

ここで言う「靴をそろえる」とは他人の家にお邪魔した時の場合です。

さすがに自分の家ではそろえて靴を置いているとは思います。

一番驚くのが歩いてきたそのままの形状で脱ぎ捨てられてある時。

30センチ以上靴が離れていて本当にびっくりしてしまいますが、こうやって脱ぐ人結構いるんです。

最初の頃は皆んなの靴をこっそり揃えていたんです。

でもそれを見た人から、「アイヨ〜!ここはマレーシアなんだからそんなこと気にしないで!」と言われてしまいます。

結局、自分の家の来客の靴は今でもそろえていますが、他人の家に行った時は家族の分がそろっているのを確認するだけにしています。

小さい頃から身についた習慣や受けた躾の影響は本当に大きいなと実感しています。

そういった習慣のない国の人にはなぜ靴をそろえなければいけないのか分からないようです。

文化の違いですね。

「履物をそろえると心もそろう」

この言葉は有名なので、見聞きした方も多いと思います。

私の実家近くのお寺にもこの詩の張り紙がしてありました。

履物をそろえると心もそろう

心がそろうと履物もそろう

脱ぐ時にそろえておくと、心が乱れない

誰かが乱しておいたら、黙ってそろえておいてあげよう

そうすればきっと、世界中の人の心もそろうでしょう

参照;

http://www2.nagano-ngn.ed.jp/news/2012/201211/20121114084216-4976.pdf

この詩は長野市円福寺の藤本住職という方のお言葉だそうです。

日本の子どもたちは幼い時から自然と礼儀正しさを学んでいると思います。

幼稚園の子どもでも靴をきちんとそろえることから1日が始まります。

靴をそろえるというほんのひと手間の動作で、心が整う、心に余裕が生まれることだと思います。

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