事の発端はなにかは知りませんが、ある料理人さんのレシピが口に合わないという書き込みがSNSで増えていて、「これ、わざわざネットの海に発信する意味はあるのかな?」と素朴に疑問を感じます。
人の味覚や好みはそれぞれなのに、わざわざ「不味い」とネットに書き込むのって、本当に不思議。
わざわざ否定的な言葉を投げつける風潮がSNSにはありがちだけど、自分の感じていることが全て正しいわけじゃないし、正解なんてないはずだけれど、ネットという特殊な空間だとタガが外れてしまうのか。
そして、この話題が気になるということは、、私自身にもそういう一面があるからこそなのかもしれない、、と思ったのです(潜在意識の観点から)。

批判への違和感
この方のレシピを気に入ってフォローしている方も多くいるんですが、どうしても批判のほうが目立ってしまうんですよね。
そもそも味の好みは、育った環境やその日の体調、食習慣によって千差万別。
むしろ「自分に合わなかった」という個人的な感想をわざわざ公の場に書き込んで攻撃する、その心理の方が気になる、、。
まあ批判があるからSNSって楽しいのかもしれませんが、書き込んだ人にとって果たしてそれは良い結果になるのかな。
何に対してもリスペクトを忘れないようにしたいですね。
いずれなんらかの形で自分に返ってきても、その時には自分もそうだった(因果応報)とは気づきにくいのが複雑なところ。
周りの出来事は思考の反映?
「思考の学校」宮増 侑嬉(大石洋子)さんのYouTubeをよく観るんですが、「思考の学校」では「自分の周り(現実)で起きていることや、自分が強く反応した出来事は、全て自分の潜在意識の中にある思考の投影である」という捉え方をしています。
ということは、、この話題が気になった、目に入ってきたということは、私自身にもこういう一面があるのかと気づくため?
自身も無意識のうちに「自分の基準(正しさ)」で誰かを裁いたり、否定したりしていないか?
あるかも、、。
無意識のうちに「自分の基準(正しさ)」で誰かを裁いていたり、否定したりしていないか?と振り返ることで、自分の心の中にある思考パターンをまたひとつ発見できました。

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